江戸時代に近松門左衛門によって書かれた『女殺油地獄』は、大坂天満町の油屋の息子・与兵衛が借金にまみれたあげく同業の油屋の女房を惨殺し金を持ち逃げするという、実際に起きたスキャンダラスな事件を下敷きに、事実関係もほぼそのまま描いたと言われている。
放蕩息子が金欲しさに強盗殺人に及ぶという筋書きの現代性から、明治以降は文楽や歌舞伎を中心に繰り返し上演されてきた作品だが、上演で幾度も問われてきた「若者はなぜ殺人に至ったのか」という問いは、考えてみれば、私たちが現実の犯罪者に投げかける問いと変わらない。しかし、短絡的な人間が起こした浅はかな事件だと突き放すのではなく、「何が彼をそうさせたのか」を問うことで、これは彼の周りを取り巻く人々や社会の物語となる。昨今の相次ぐ素人の若者による強盗事件を見れば、この問いはますます切実さを持って浮上してくるだろう。社会の歯車の中で何が与兵衛を後戻りできぬ道へと追い込んでいったのか。与兵衛とは何なのか。近松が見つめた闇を、身体表現による新たな解釈で紐解く。